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トゥールーズ・ロートレック

 

 

 

息抜きに先日見つけてきたロートレックさんの食卓に時折お邪魔しています。

 

 

 

 

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聖天宮

 

お正月に埼玉の坂戸にある聖天宮という道教のお宮に行って来ました。

 

 

お参りの作法が分からなかったのですが解説員の方が丁寧に教えてくれました。お線香の意味は願いを煙に乗せて届けるためだそうです。

とても迫力のあるお宮で龍があちらこちらに。全部で5000頭いるそうです。お正月でも人が少なく、ゆっくりできました。

 

 

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海外グリーティング切手

 

毎年、日の入りと日の出を見に行くのですが、今回の日の入りは真上に月が、その少し斜め上に金星も輝いていて感動的でした。

 

毎年可愛いなぁと思いながらも買いそびれていた差額切手、今回は買えました。酉年だから親子丼なのかな?

今年もよろしくおねがい申上げます。

 

 

 

 

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2016ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

今年もあと残りわずか。喪中のため新年のご挨拶は控えさせていただきますね。来年は酉年なので久しぶりにBUMP OF CHICKENさんの「K」という曲を聴きました。初めて聴いたとき飼っていた動物との別れを思い出して泣いてしまった曲です。とても素敵な曲です。もし聴く機会があったら是非。くる年もみなさんにとって佳い年となりますように✻¸¸.•✿

 

 

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飛鳥山公園

 

 

車庫や玄関周りを大掃除していたら、ひさしぶりにクロリーヌ夫人の生存を確認できました。たまに傷だらけで帰ってくることがあるので無事だとほっとします。ひさしぶりでも、こうやって隙を見せてくれると嬉しいです。「そこの暇人、マッサージしろーぃ」ってことなんですけどね。

 

紙の博物館は広い公園のなかにあって、人生初の撮鉄をしました。

なにがどうなっているのか分からなすぎて興奮。近くにいたチビッ子たちは大人しく眺めていました。見習いたいと思います。

 

 

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Syuro

 

本郷経由でカチクラ納めしてきました。

いつも立ち寄るお店、Syuroさん。すぐ近くに移転されて、さらに素敵に。

 

今年もお世話になりました。

 

 

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紙の博物館

 

 

断捨離、片付け。

シチューの仕込み。

 

金唐革紙のことを学びに紙の博物館へ。木の廃材がパルプに加工されて紙となっていく過程や植林のこと、和紙文化について等もすごく勉強になりました。竹の間伐材で作られているノートを購入。永遠に夏休み中の少年が「紙であれ作ろうよ、これ作ろうよ」と訴えてきて私に年内に大掃除終わらせないコースを歩かせようとしています><.

 

 

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セロ弾きのゴーシュ

 

草木が次々と枯れて行くいっぽうで

ヤツデが弾けてきました。

チェロの音色を聴いて、久しぶりに宮沢賢治さんの「セロ弾きのゴーシュ」を開きました。わたしが勝手に「銀河に雇われた人」と呼んでいる賢治さんの後期の作品で、最後まで推敲をかさねた一番完成度の高いものと言われています。動物たちによって知らず知らずの内に楽器が上達していくゴーシュ。とても心あたたまるお話です。春と修羅のような難解な詩も大好きですが、こういった単純明快な童話も大好きです。

 

 

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光の庭プロムナード トワイライトスペシャル 

 

先週末は、さいたま芸術劇場のミニコンサートへ。バレエや友達の公演を観によく来ていて年に数回パイプオルガンの演奏があることを知り、今回は特別にキャンドルとチェロとのコラボレーションということで行ってきました。

 

好きな弦楽器と鍵盤の音と炎のさまざまな1/fゆらぎに浸ってきました。

先週届いたグリーティングカードにもチェリストらしき小人が。メロディが聴こえてきそうな素敵なお便りありがとうございます。

 

 

 

 

 

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レオナール・フジタ

 

八王子アートマーケットの帰りに、国指定天然記念物「馬場大門のケヤキ並木」を通りながら府中市立美術館へ立ち寄って、レオナール・フジタさんの西と東を結ぶ絵画展を観てきました。

日本の美術学校にはあまり馴染めなかったようで27歳でフランスに渡り、郷に入って郷に従いながらも陶器のような乳白色の下地に日本的な滑らかな墨の線という独創的なスタイルを編み出した方です。

 

脚光を浴びるようになっても、さらなる新天地を切り拓こうと旅先の南米や中国で感化された優婉な筆致で描いたものもあって、とても探究熱心だったことが伺えました。

戦時下では依頼された戦争記録画を描いたことで、その後の彼を苦しめることになってしまったのですね。わたしは畳数枚分の巨大な悲痛を前にしばらく動けなくなりました。

責任を負うかたちで日本での暮らしを断念。晩年はフランスに帰化して礼拝堂の建築と宗教画の制作に専念されたそうです。救いや懺悔の気持ちもあったと思うのですが、途中からもっと純粋な愛や敬いの表明のようなものへ昇華していったような、そんな印象を作品から受けました。

 

日本と日本画を愛しながらも当時のヨーロッパで勝ち上がっていくためにどんな葛藤があったのかな?もっともっと知りたくなりました。映画も観てみたいと思います。

 

 

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